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仙台高等裁判所 昭和41年(う)98号 判決 1968年2月29日

被告人 長谷川浩治

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

ただし、この裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用(ただし、証人井田政吉および同佐藤武男に支給した分を除く)および当審における訴訟費用は、これを二分し、その一を被告人の負担とする。

本件公訴事実中、第二の封印破棄の点につき、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人義江駿、同原田昇および同吉田欣二共同名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一、控訴趣意中、原判示第一の器物毀棄の点に関する事実誤認、法令適用の誤りの主張について

原判決がかかげている関係各証拠を総合すると、原判示第一の器物毀棄の事実は、被告人の刈り取った稲が原判示被害者山口珍の所有に属するものであつたこと、その数量が原判示のように約三九二把であることおよび被告人が器物毀棄の犯意を有したものであるとの点をも含めて、すべて十分にこれを認めることができる。また、原判決が、犯罪の成否についての若干の問題ならびに被告人および弁護人の主張に対する判断として、器物毀棄罪に関し、その(一)ないし(八)において各説示しているところも、関係各証拠と対照して、いずれも十分にこれを首肯することができる(もつとも、右(五)において説示しているところは、後に述べるとおり、なかに首肯しがたい点もないではないが、被告人において刈り取つた範囲の稲の所有権がもともと山口に帰属するものであるとしたその結論は正当である。)。

(一)  論旨は、山口珍は原判示本件係争農地につき何らの耕作権原を有しないものである旨主張し、この点に関する原判決の説示を種々論難する。しかしながら、まず、原判決引用証拠によると、所論昭和二三年一月二三日に宮内町喜多屋旅館において、売主たる川合栄吉および高橋欽一と木材購入契約を締結したのは布施重雄であり、山口は犬塚勝次とともに、かねて布施の姉である長谷川ちよから依頼されて右契約の成立をあつせんし、また、ちよが川合および高橋と面識を有しなかつたところから翌二四日、ちよから依頼されて、同人が弟布施のために右売主に支払う買受代金一〇〇、〇〇〇円を預り、これを即日川合および高橋に手渡したものであるにすぎず、したがつて、右一〇〇、〇〇〇円は、所論のように山口がちよからこれを借り受けたという性質のものではないことが明らかであり、さらに、山口が、所論の同年二月一一日にちよから受取つた金二〇、〇〇〇円は、同人の川合栄吉に対する松割木買受代金として、山口がこれを預り川合に手渡したものであつて、前同様、借受金ではないことが明らかである。長谷川ちよの原審における供述中、同人が、右松割木ないしその後当事者間でこれに代わるものと約定した建築用材の引渡をいずれも受けられなかつたので、右二〇、〇〇〇円を山口に対する貸金債権として処理することとしたとの点に関する部分は、関係各証拠と対照してにわかに措信することができない。証人長谷川平内および同長谷川ちよの原審における各供述中、同人らが山口珍に対し種々の貸付けをしたので、同人に対しその取り分を有しているとの部分が、仮りに真実であるとしても、そのことは、山口において昭和二五年以降毎年一二月に長谷川ちよに直接支払い或いは糠野目農業協同組合の長谷川平内名義の貯金口座に振込んだ各金員が本件係争農地の小作料であり、同人らもその趣旨においてこれを受領したものであるとの原判決引用証拠上明らかな事実に消長を及ぼすものとは考えられない。つぎに、糠野目農業委員会の書記として農地買収事務を担当した証人細谷酉一が、原審において、同人が昭和二二年秋頃、ちよに地主としての意見を聞いた際、同女は本件係争農地につきこれを保有地として手許に残すことを希望した旨供述しているところは、関係各証拠により明らかな長谷川平内の所有農地に関する農地買収手続がすべて異議なく完了した事実に徴しても十分にこれを信用することができるのであつて、この点に関する長谷川ちよの証言はにわかに措信することができない。つぎに、昭和三七年度の農地法第八四条の規定に基づく長谷川平内の所有地および耕作地に関する申告書に関し、その貸付地欄の筆跡が、世帯人員欄等の筆跡と異なるものと認められることは所論のとおりであるが、原審証人渡部きみの供述によると、同人は、夫が隣組長をしている関係で、右申告書用紙を隣組員の長谷川ちよ方に配付してその記入方を依頼し、数日後、その際すでに右貸付地欄も記入ずみとなつていた右申告書を、同人および平内から回収したものであることが明らかであるから、右筆跡の異なることは、同人らにおいて本件係争農地を山口珍に対する貸付地である旨農地法第八四条に基づく申告をなしたとの原判決の認定を直ちに左右するものとは考えられない。さらに、所論指摘の執行吏成瀬広吉作成にかかる賃貸借取調報告書の謄本には、本件係争農地は昭和一八、九年頃より山口珍に対し期限の定めなく公定賃料で賃貸されている旨の記載がなされているのであるから、その記載内容が具体的であることに徴しても、右は、原説示のとおり、同執行吏が地主たる平内ないしその母ちよからその旨の供述を得てこれを記載したものであると推察できるし、また、評価命令に基づき本件係争農地等の評価をした証人島津信六の原審における証言によると、同人は山口が本件係争農地を借り受けていることにつき予め何ら知るところがなく、かつこの点につき山口に尋ねることもしなかつたものであることが明らかであるから、これらの徴憑事実に照らしても、同証人の供述は、原判決の認定に副う限度において十分にこれを信用することができるものといわなければならない。

これを要するに、原判決が、その引用証拠により情況的事実を各認定したうえこれらを総合し、山口は昭和一九年一二月頃、平内の親権者母ちよから、本件係争農地を賃借してその引渡を受け、以降右賃借権に基づいてこれを耕作してきたものである旨認定説示したのは正当というべきであつて、なお、原判決引用証拠によれば、右賃貸借の契約条件は、存続期間の定めがなく、賃料の額および支払時期は、昭和三七年当時、いわゆる公定賃料額にほぼ見合う年額九、六〇〇円を一二月に支払うべきものであつたことが明らかであるし、右賃借の当初より昭和二四年までの間は、山口が賃料を支払つたものと証拠上認められないことは所論のとおりであるが、このことは、原判決引用証拠により認められる山口と長谷川方との右当時における生活上の交渉関係、山口が本件係争農地の小作人として昭和二三年以降その土地改良区費を負担支出していること等の情況的事実に徴しても、原判決の認定を必ずしも左右するものとはいえないし、所論のように当事者間で賃貸借の契約証書を作成しなかつたことも、格別、原判決の認定の妨げとなるものとは考えられない。

(二)  論旨は、被告人において後日稲刈した原判決添付図面中のD部分に対する田植は、昭和三八年五月二〇日午後被告人およびその雇人寒河江源徳がこれをなしたものであり、同図面中のAおよびCの各部分に対する田植は、翌二一日早朝寒河江源徳がこれをなしたもので、いずれも被告人側の者によつてなされたものである旨主張する。しかしながら、同図面D部分に対する田植が所論のように五月二〇日に被告人側の者によつて行なわれたものでなく、翌二一日に山口側の者によつてなされたものであると認むべきことは、原判決の説示するとおりであつて、五月二〇日に右の田植が行なわれなかつたものであることは、原審証人島崎金七の供述により同人が同日夕刻本件係争農地の状況を撮影したものと認められる原判決引用のネガ番号5の写真および当審において取調べた右の拡大写真によつても十分にこれをうかがうことができる。当審における事実取調の結果を検討しても、原判決の右認定を左右すべきものとは考えられない。つぎに、同図面AおよびCの各部分に対する田植が、所論のように、寒河江源徳が山口側の人達に混つてこれを行なつたものではなく、山口側の人達のみによつてなされたものであると認むべきことも原判決の説示するとおりである。証人寒河江源徳、同佐藤源七および被告人の原審における各供述が、いずれも矛盾が多く措信できないものであることは原判決が指摘するとおりであり、ことに寒河江は、原審において、当初、右各部分に対する田植は自分が五月二〇日にこれをなした旨供述し、後に、右の田植は五月二一日午前四時頃に山口側の者八〇名位が田植しているのに混つてこれをなした旨所論に副う供述をしたのであるが、当審においては、さらにその供述内容を変え、右の田植は自分が五月二一日午前三時半頃に行つてひとりでこれを行なつた、右の部分が終り、他の部分へ移つて田植していた頃に山口側の人達がやつて来た旨供述内容を三転するに至つたのであつて(なお、原判決引用証拠によると、同図面A部分は、右同日午前四時頃、山口側の者達がその田植をする際に、これを代掻きしたものであることが明らかであるから、寒河江源徳が当審で供述するように、同人が山口側の者達の来る以前に右A部分に田植をすることなどは、本来ありえないのである。)、措信するに由ないものというほかはない。

(三)  論旨は、被告人は、原判決添付図面A、CおよびDの各部分に対する田植が被告人側の者によりなされたものと信じて右各部分の稲を刈り取つたのであるから、被告人には器物毀棄の犯意がなかつたものである旨主張する。しかしながら、被告人が右犯意を有していたものと認むべきことは、原判決の説示するとおりであつて、同図面D部分に対する田植を所論の五月二〇日に被告人および寒河江源徳が行なつた事実など全くないものであることは被告人自身がその場に臨んでいた関係で十分承知していたものと認められるし、同図面AおよびCの各部分に対する田植についても、それを寒河江が行なつた事実など全くないものである以上、被告人に対し右田植を寒河江がなしたものと報告した旨の証人寒河江源徳、同佐藤源七の原審および当審における各供述は、にわかに信用するわけにゆかず、したがつてまた、右の報告を受けたとの被告人の原審における供述も措信することができない。

(四)  論旨は、原判決が、被告人において刈り取つた原判決添付図面A、CおよびDの各部分の稲の所有権が山口に本来帰属していたものと認定したのは不当である旨主張する。しかしながら、右各部分については、同人がその有する耕作権原(賃借権)に基づき稲苗を植栽(田植)したのであるから、同人は、民法第二四二条但書の規定により、その稲苗の所有権を植栽によつて失うことなく引続きこれを保有していたものと解すべく(なお、原判決が、山口は、稲苗の植栽によつてその所有権を失い、稲苗が成長して成熟期の稲となつた段階でその所有権を取得するとの趣旨の説示をしているのは、その限りにおいて、当を得ない見解であると考える。)、したがつて、その稲苗の成長したものである右各部分の稲が、同人の所有に属するものであることは明らかというべきである。また、右各部分につき同人が田植をした後に、被告人において後日行なつた所論のいわゆるさし苗は、もともとわずかな数量であつたうえに、山口の長男孫重においてこれを直ちに抜き取つたことが原判決の引用証拠上明らかであるから、被告人の植えたさし苗が仮りになお残留したものとしてもそれは極めて微量であるにすぎないと認むべきことは原判決の説示するとおりであるところ、このように、土地の耕作権者がその権原に基づいて稲苗を植栽(田植)し、したがつて同人においてその所有権を保有しているものというべき右の稲苗に対し、無権原者が微量のさし苗を試みたような場合においては、右さし苗の所有権は、土地に吸収されることなく、民法第二四五条、第二四三条の規定の趣旨により、主たる稲苗の所有者と認むべき右耕作権者の所有に帰するものと解するのが相当であるから、結局、それら稲苗の成長したものである右各部分の稲全体が山口の所有に属するものというべきである(なお、原判決は、本件が、他人の不動産に無権原者と権原者とが動産を従として附合させ、いつたんはいずれも不動産の一部となつたがその後独立の所有権の客体となるにいたつた場合であるものと前提して、前記民法の規定を解釈適用しているけれども、右のような見解は、その限りにおいて、当を得ないものというべきである。)。

(五)  論旨は、原判決が、本件稲の被害数量を定めるにあたり、面積の割合をもつてこれを按分算出したのは不当である旨主張するけれども、証拠上、特段の事情の存するものとも認められない本件においては、原判決の説示するように、被告人が刈り取つた原判決添付図面中のAないしDの各部分の稲合計六一九把を面積の割合で按分し、右A、CおよびDの各部分から刈り取つた稲の被害数量を約三九二把であるものと算出認定したのは相当というべきである。

以上を要するに、記録および証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を検討しても、原判示第一の器物毀棄罪に関し、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認の疑い(法令適用の誤りがある旨を主張する部分は、民事法規の解釈適用に関する誤りを主張するもので、結局、事実誤認の主張に帰するものである。)は存しない。論旨はいずれも理由がない。

二、控訴趣意中、原判示第一の封印破棄の点に関する事実誤認、法令適用の誤りの主張について

原判決の引用証拠によると、原判示のとおり、山形地方裁判所米沢支部は、申請人山口珍、被申請人長谷川平内間の同庁昭和三八年(ヨ)第九号農地立入禁止等仮処分申請事件につき、同年四月一二日、「本件係争農地に対する被申請人の占有を解き、申請人の委任する山形地方裁判所執行吏にこれを保管させる。執行吏は仮りに申請人に右土地を耕作させることができる。被申請人は右土地に立ち入り、かつ申請人の右耕作を妨げてはならない。執行吏は右事実を公示するため適当な措置をとることができる」との趣旨の仮処分決定をなし、右決定の執行委任を受けた執行吏佐藤猪三郎は、翌一三日本件係争農地にいたり、申請人の長男孫重らから事情を聴取して本件係争農地が被申請人の占有にあるものと認め、その占有を解いて同執行吏の占有に移し、仮りに申請人に本件係争農地の耕作を許し、これを公示するため、本件係争農地の三ケ所に、「本件係争農地は執行吏の保管に付され、仮りに申請人にその耕作を許す。被申請人は本件係争農地に立ち入り、申請人の耕作を妨害してはならない」旨記載した公示札を各一本ずつ樹立してその執行をなしたものであることが明らかである。

論旨は、本件仮処分決定が本件係争農地に対する被申請人長谷川平内の占有を解いてこれを申請人山口珍の委任する執行吏に保管させる旨命じているところよりすると、申請人において本件係争農地の占有を被申請人に侵奪されたことを前提とする申請人の被申請人に対する本件係争農地の引渡請求権が仮処分の本案たる請求権であるものと解せられるところ、本件について、長谷川が山口の有する本件係争農地の占有を侵奪したとの事実は存在せず、同人が長谷川に対しその引渡請求権を取得したものとは認められないのであるから、本件仮処分決定は違法であり、したがつて、これに基づく本件仮処分執行は当然に無効である旨主張する。しかしながら、仮処分決定に基づき執行吏がなした占有取得の効力は、仮処分の基本となる民事上の権利が真に存在するか否かにより消長するところがなく、その仮処分決定が取り消されない以上、その効力を保有し、仮処分決定の当否を云々してその効力を否定することは許されないものであるから、執行吏がその占有取得を公示するため施した本件標示は刑法第九六条の差押の標示にあたるものというべきで、したがつて右主張は採用することができない。つぎに、論旨は、執行吏佐藤猪三郎が本件仮処分の執行にあたり、直接被申請人らに会つて本件係争農地の占有関係を確かめることをしなかつた点をとらえて、同執行吏は右占有関係の調査をしたものとはいえないとし、またその瑕疵が執行行為を無効ないし不存在ならしめるものである旨主張するけれども、同執行吏が申請人の長男孫重らから事情を聴取して本件係争農地を被申請人平内の占有にかかるものと判定したものであることは原判決の説示するとおりであつて、訴訟法上、右調査の方法に格別の制限があるわけではないから、同執行吏が本件係争農地の占有関係を調査したうえ本件仮処分の執行に及んだものとした原判決の認定に誤りがあるものとはいえないし、また、被申請人らにつき直接右の占有関係を確かめることをしなかつた執行吏の措置が、所論のように執行行為を無効ないし不存在ならしめるものとはいえないことももちろんである。論旨は、さらに、本件仮処分執行は、その委任者たる仮処分申請人山口が、故意に第三者の権利を害する目的と自己に不正な法律上の利益をもたらす目的をもつて、真実は自分が本件係争農地の占有を失つていないのに、執行吏に対し、右占有が被申請人平内に侵奪されたかの如く装つて、その占有を執行吏に取得させ、かつ仮りに自己にその耕作を許す旨の右仮処分の執行をなさしめたものであるから、かかる仮処分執行は、刑法上の保護に値しないものである旨主張する。しかしながら、本件仮処分の執行は、もとより執行吏自身の権限に属する行為であるから、その委任者であるにすぎない山口において、仮りに所論のような不法な目的を抱いていて、その目的のもとに、委任に際し執行吏に対して所論のように装つたものとしても、それらのことだけで、直ちに、執行吏のなした執行行為自体が違法ないし無効となるものとは解することができない(ちなみに、本件係争農地の占有の帰属に関する執行吏の認定に仮りに誤りが存したものとしても、その執行行為は、執行異議の手続によつて取り消されない限り、当然にその効力を有するものであり、右執行についてなされた本件標示は、刑法第九六条の差押の標示にあたるものというべきである。)。論旨は、本件仮処分の執行をなすに際し、執行吏が、民事訴訟法第五三七条所定の者を格別立会わせなかつた点をとらえて、右は違法な執行行為であるとも主張するけれども、本件が、同条の規定する債務者の住居において執行行為をなす場合にあたらないことは明らかというべきであり、執行に際し抵抗を受ける場合にもあたらないから、右の主張は採用することができない。

これを要するに、記録および証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を検討しても、原判示第一の封印破棄罪に関し、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りは存しない。論旨はいずれも理由がない。

三、控訴趣意中、原判示第二の封印破棄罪に関する理由のくいちがい、事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について

(一)  論旨は、本件仮処分の執行が違法ないし無効である旨主張するけれども、右主張が理由がなく、本件仮処分執行による本件標示が刑法第九六条の差押の標示にあたるものというべきことは、先に原判示第一の封印破棄罪に関する控訴趣意に対して説示したとおりである。

(二)  論旨は、原判決が、本件差押の標示につき、これを被告人が無効ならしめたものと認定判示した点には、理由のくいちがい、事実誤認ないし法令適用の誤りがある旨主張する。なるほど、原判決は、罪となるべき事実の第二において、被告人が本件仮処分の執行により差押の標示がなされている本件係争農地のうち一、一二四番の田地にほしいままに立ち入つて、山口の刈り取つた稲杭の数をかぞえるなどしたものと認定したうえで、これが本件差押の標示を無効ならしめた行為にあたる旨判示しているのに、犯罪の成否についての若干の問題ならびに被告人および弁護人の主張に対する判断の項においては、被告人が本件仮処分に違背して本件係争農地のうち右の田地に立ち入り、山口の刈り取つた稲を運び去ろうとした所為が本件差押の標示を無効ならしめた行為にあたる旨を説示していて、両者の間に若干の差異が認められないわけではないけれども、原判決引用証拠にも照らして右両者を考察すれば、原判決は、結局、被告人がほしいままに本件係争農地に立ち入つて、山口の刈り取つた稲杭の数をかぞえたり、稲を運び去ろうとした所為を認定し、これらが本件差押の標示を無効ならしめた行為にあたるものと判示した趣旨であると解することができるので、所論のように原判決の理由にくいちがいがあるものとはいまだ認められない。ところで、刑法第九六条にいう差押とは、公務員がその職務上保全すべき物を自己の占有に移す強制処分を意味し、物を自己の占有に移さず他人に対して一定の作為、不作為を命ずるにすぎない処分はこれに含まれないものと解すべきであり、また、同条にいう「其他ノ方法ヲ以テ封印又ハ標示ヲ無効タラシメタ」とは、封印又は差押の標示じたいを物質的に破壊することなくその事実上の効力を滅却または減殺することを指すものと解すべきであるから、これを本件に則していえば、本件仮処分の執行によつて執行吏が取得した本件係争農地に対する占有を、他人が侵害したものと認められる場合にはじめて、本件差押の標示の事実上の効力を滅却ないし減殺したもの、すなわち本件差押の標示を無効ならしめたものということができるのであつて、しかも、いわゆる執行吏保管なる仮処分の目的が、本来、物の現状を維持保全する点にあることにかんがみると、右にいう執行吏の占有を侵害した場合とは、その占有の現状を無権限に変更するに至つた場合を意味するものというべきである。しかして、原判決の引用証拠によると、原判示の昭和三八年九月二九日、山口方の家族および手伝人ら数名が、本件係争農地において、かねて刈り取りその場に杭掛けて乾燥しておいた稲を自宅(山口方)へ運搬すべくその取り入れ作業に従事中、同日午前一一時過ぎ頃にいたり、被告人が、右現場に来て、後刻山口方の者からの通報により警察官が臨場するまでの約二、三〇分のあいだ、原判決もほぼ認定しているように、本件係争農地内の一、一二一番ないし一、一二四番の田地に立ち入つたり農道上に出たりしながら右稲杭の数をかぞえたり、また、作業中の者に対するいやがらせの気持から本件係争農地内の右田地において、取り入れのため稲杭より降ろされてその場に置いてあつた稲束二把位を手に取り、これを運び去ろうとして急ぎ足に数歩あるいたところを山口方の者に押えられ、右稲束を直ちに取り上げられたりしていたものであることが認められる。ところで、右に認定したような被告人の所為は、本件仮処分によつて許容されている山口の本件係争農地に対する耕作行為を妨害したものであるとは一応認められるけれども(なお、念のため附言すると、被告人は、本件仮処分決定の名宛人ではなく、また、その名宛人たる被申請人平内の弟としてこれと同居していたものではあるものの、被告人の右所為は、平内の意思とは無関係になされたものであることが本件証拠上うかがわれるのであるから、被告人の右所為を目して本件仮処分決定の不作為命令部分に違背したものとも直ちに認められないところである。)、その妨害行為が、執行吏の占有にかかる本件係争農地上において行なわれているとはいえ、妨害の態様がごく一時的であり、かつ原判示第一の封印破棄罪における被告人の所為とは異なり、山口において執行吏から許容されたところに従いすでに稲を刈り取つてその取り入れ作業に従事中の本件係争農地の形状に格別の変化をもたらしたわけでもないのであるから、本件係争農地に対する執行吏の占有の現状を変更するに至つたもの、すなわち執行吏の占有を侵害したものとはいまだ認めるに由ないものというべきである。そうすると、被告人の右所為を目して本件差押の標示を無効ならしめた行為にあたるものと判定した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものというべく、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

論旨は右の限度において理由がある。

ところで、原判決は、右封印破棄の点と原判示第一の器物毀棄罪および封印破棄罪とを刑法第四五条前段の併合罪として、被告人に対し一個の刑をもつて処断しているものであるから、原判決はその全部について破棄すべきものである。

そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則りさらにつぎのとおり判決する。

原判決が認定した判示第一の器物毀棄および封印破棄の各犯罪事実に法律を適用すると、前者は刑法第二六一条、罰金等臨時措置法第三条、第二条に、後者は刑法第九六条、罰金等臨時措置法第三条、第二条にそれぞれ該当するところ、これらは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により、重い器物毀棄罪の刑をもつて処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内において被告人を懲役三月に処し、情状により、同法第二五条第一項を適用して、この裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、原審における訴訟費用(ただし、証人井田政吉および同佐藤武男に支給した分を除く)および当審における訴訟費用は、これを二分し、その一を被告人に負担させることとする。

(一部無罪)

本件控訴事実中起訴状記載の第二の公訴事実(ただし、原審第九回公判廷における検察官の右公訴事実に関する釈明部分を含む。)は、原判決が罪となるべき事実の第二として記載しているとおり(ただし、「山口珍の刈り取つた稲杭の数を算えるなどし」との記載部分を除く)であるが、右公訴事実に摘示されている被告人の所為が、差押の標示を無効ならしめた場合にあたるものと認めがたいことは、前説示のとおりであるから、右公訴事実については、刑事訴訟法第四〇四条、第三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすべきものである。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 有路不二男 西村法 桜井敏雄)

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